探求 現代の国語/探求言語文化 付属教材・資料見本
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読んだ「今昔物語集」がどの出版物であったのかが現在でも論じられ続けていることや、夏目漱石が「鼻」を評価して芥川に送った書簡の中で、「材料が非常に新しいのが眼につきます」と述べていることからも窺える。芥川は一高時代から古文献や周囲の人々からの聞き書きを集めて、「椒図志異」というノートを自分で作るほど怪異譚を好んだようで、そのような志向が誰よりも早い時期に「今昔物語集」を発見することにつながったのだと思われる。め 「、今そ昔の物叙語述集は」は単純十な二も世の紀にが多成い立し。た本説話話に集おでいあてるもた心理描写と呼ばれるような部分はほとんどない。本書の特徴となっている、登場人物が行動を起こす理由とも言うべき「~と思ひて」が二箇所にあるだけである。しかし「羅生門」を読むと、芥川は本話の羅城門の上層で起こった事件に強く心を動かされていたことがわかる。本話の二・三段落は、教科書の行数にして二十行にも満たない分量で、起こった事件は時間にすればわずか数分であったかもしれない。その中で盗人は徹頭徹尾盗人であり、盗人として行動するだけで、それを描写する編者の筆致も乾いたものである。芥川は「今昔物語鑑賞」(「参考資料④」参照)の中で、「今昔物語集」の芸術的生命を「生ま々々しさ」「野性の美しさ」にあると述べている。本話でも死体から髪の毛を「かなぐり抜き取る」嫗の姿や、命乞いをする嫗から無言参でま考着々資物々料とし髪さの」毛をを見奪いうだ盗し人たのは行ず動でにあ芥る川。はそ「し美てしまい生た「『今教昔物材語の』テの中ーのマ人物やは、、あ作ら者ゆる・伝出説の典中のの人理物のや解うにに複つ雑なな心が理るの持資ち料主でをは掲ないげ。ま彼等しのた心理。は陰影に乏しい原色ばかり並べてゐる。しかし今日の僕等の心理にも如何に彼等の心理の中に響き合ふ色を持つてゐるであらう。」という言葉を借りるならば、本話の登場人物の行動や心理に「響き合ふ」、原色ばかりではない色を芥川は「羅生門」で表現したということになる。こうして盗人が盗みをする物語は、下人が葛藤を乗り越え、盗人になる物語へと変容したのである。と 「し羅て生高門校」生は読を中者心ににさ長まくざ読まみな継読がみれをて可き能にたがす、るそ作品れは本話の行間から芥川が何を読み取ったかを検証する作業とも言えるのではないだろうか。そしてそれは当の「今昔物語集」のあずかり知らぬことであり、さらに言うなら、芥川が捨てた本話の後半の二段落こそが本来の主題であったのである。主題である荒廃した世相を見据え、叙述を続ける編者の思いを芥川は正しく受け取っているが、「羅生門」がそれを表現したかはまた別問題であるようだ。 全三十一巻。一千話以上の説話を収め、現存する最大の説話集。大きくは天竺(インド)・震旦(中国)・本朝(日本)の三部構成をとり、次のように分類されている。・巻一~五 天竺部・巻六~九 震旦仏法部(巻八欠巻)・巻十 震旦世俗部・巻十一~二十 本朝仏法部(巻十八欠巻)・巻二十一~三十一 本朝世俗部(巻二十一欠巻) わずかな例外を除いて各話とも、「今ハ昔」で始まり、教科書(二〇四~二一九)「トナム語リ伝ヘタルトヤ」で結ぶ形式をとり、「今昔物語集」の書名もそれに基づく。表記には漢字片仮名交じりの「片仮名宣命書き」が用いられ、各話は何らかの連想によって、二話ずつのまとまりで配列されている。 成立は不明だが、出典の一つといわれる「俊頼髄脳」の成立が一一一〇年代であること、「弘ぐ賛さん法華伝」の日本渡来が一一二〇(保安元)年であることなどから、本書の成立はそれ以降十二世紀前半、平安時代後期の院政期と考えられている。 編者も不明である。古くは、「宇治拾遺物語」の序文などから源隆国との説があったが現在は否定されている。そのほか、隆国の子である鳥羽僧正覚猷、忠尋僧正、源俊頼、大江匡房、白河院とその側近など諸説あるが、いずれも決め手を欠く。ただこれだけの膨大な書物であることから考えて、個人の編者を想定するよりも、現在最古の写本である鈴鹿本を旧蔵した東大寺を中心とする南都圏の大寺僧が編纂に関わっていたとする説が近年では有力視されてきている。 内容としては、巻一~五の天竺部では釈迦の伝記、また巻六~十の震旦部は仏教の中国伝来や霊験功徳譚・中国の歴史譚、さらに巻十一からの本朝仏法部には仏教の日本伝来に始まり、さまざまな霊験功徳譚・僧尼の往生譚が収められている。このことから「今昔物語集」は巻二十までで、釈迦の伝記とその教義が中国を経て日本に伝来し、定着浸透するさまを説話によって示そうとする意図があったことが窺える。巻二十一以降は本朝世俗部ということで、天皇、上流貴族、武士、僧侶、農民、果ては乞食まで、あらゆる階層の人々を登場させ、真面目なものから滑稽なものまで、羅生門近代の小説①「今昔物語集」出典解説参考資料105*言語文化 指導資料(近代以降の文章編)

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