探求 現代の国語/探求言語文化 付属教材・資料見本
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安京は変化する。桂川に近く低湿であった右京が衰退し、左京のみが発達するようになった。さらに一条大路を越えて北野、東京極大路を越えて鴨川周辺へと、新たに市街が展開した。計画された一条・九条・東京極・西京極という規格が崩壊し始めたのである。宮都であるという点ではこれ以後の時代も同様であるが、地よりも発展していたのかもしれない。政治都市としての平安京はここで終わったといえる。』とあるから、もはや『今昔物語集』の時代には、造成時の状態ではなくなってしまっていたんだよ。」a「じゃあ、京都の町はすっかり荒廃していたということなのかな?」d「それは少し違うと思うな。造成時に計画していた市街地とは別の場所に市街地ができて、それはそれで発展したということじゃないかな?」b「どうもそうらしいよ。さっきの『日本古典文学全集』をもう一度読んでみるよ。――これが成立する前の平安中期頃から藤原氏を頂点とする貴族権力の衰退傾向に伴い、下級官僚の新出、地方武人勢力の台頭が目立ちはじめ、また中央・地方間の往来が多くなってくる。こういう情勢をうけて、都人たちの間に人間のもつさまざまな個性や能力・欲望に対する興味・関心が強まり、それらにかかわる世俗説話が仏教説話とともに『今昔物語集』の中に多く収められ、『宇治拾遺物語』にも取り上げられた――。『今昔物語集』のこの話の「朱雀のかたに人しげくありきければ」や「山城の方より人どものあまた来たる音のしければ」という部分からは、京都と地方の往来が頻繁になっていた様子が想像できるよ。だから、もしかしたら、新しい市街地は、旧市街荒廃したのは、京都そのものではなくて、d「『驚き』の前に、『新興勢力の』を入旧市街地と、そこを統括していた貴族勢力なんじゃないかな?」d「なるほど。この話に出て来る死骸の女の髪は、背丈以上に長いよね。平安貴族にとって、美人の条件は髪の長さだから、この女は、きっと身分の高い人だったんだろうね。」c「さっきのbさんの説明だと、貴族勢力の衰退とともに、下級官僚や地方武人が台頭したということだけど、きっと彼らは、これまで自分たちが憧れていた貴族階級の美女が落ちぶれて、よりによって平安京のいわば象徴的な建物、それも廃屋同然となった羅城門に、多くの死骸と一緒くたに捨てられているということに、強烈な興味を持ったんだろうね。だからこそ、この話が『今昔物語集』に採録されることになったんだよ。」d「たしかに、『今昔物語集』に掲載されている話には、どちらかというと大衆的な興味をそそるようなものが多いから、それまでの貴族階級を対象にした文学作品とは一線を画しているような気がするよ。」a「まとめると、かつての平安貴族の繁栄を象徴する羅城門に、髪の長い、若くて美しい女など、多くの死骸が捨てられていたことへの驚き、ということでいいかな?」れて、『髪の長い、若くて美しい女』は、b「そして、老婆の自己を正当化する論『髪の長い、若くて美しい貴族階級の女』とした方がいいんじゃないかな?」c「dさんの気持ちはわかるけど、あくまでも本文中の言葉からはっきり言える範囲でまとめた方がいいと思うので、ac「『今昔』の老婆は、貴族階級と思われさんのまとめぐらいがちょうどいいよ。」a「では、みなさん、先ほどのまとめでいいですか? それでは、今度は芥川の翻案によって、この話の主題がどう変化したかについて考えてみましょう。」c「『今昔物語集』では、羅城門にたくさん死骸が捨てられていることを盗人が人に語り、それを語り継いだ編者が採録したということだから、やっぱりこうした事実への驚きが中心になっているよね。」b「芥川の作品には、京都が衰微して羅生門が荒れ果てたとはあるけれど、それに対する下人の驚きは、描かれていないね。」a「京都や羅生門の荒廃は、芥川の翻案では主題にはなっていないということだね。それでは、何を描こうとしたのかな?」d「それは、登場人物の設定の違いを比べると、見えてくるんじゃないかな?」a「登場人物の設定の違い?」d「『今昔』の盗人は始めから盗人だけど、芥川作品では職を失った下人が、餓死するか盗人になるか逡巡している。」理を聞いて、盗人になる決心を固める。」c「だいたいこの老婆も『今昔』とは違うよね。」a「どういうこと?」る若い女に仕えていたけど、その女主人が亡くなってしまい、葬儀も出せないから、遺骸を羅城門に捨てに来て、その髪がとても長くて見事なので、鬘にしようと思って、抜いていたんだ。鬘にするための髪を物色する目的で羅生門に登ってきた『羅生門』の老婆とはかなり違うよ。」a「たしかに、成り行きで悪いことをした『今昔』の老婆と、意図的に悪事を働いている『羅生門』の老婆とは、違っているね。」b「死骸の女も違うよね。『今昔』では、悪いことをしたとは書いていないけど、『羅生門』では、生前に悪事を働いたことになってる。」羅生門教科書(二〇四~二一九)小説近代の102*言語文化 指導資料(近代以降の文章編)

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